大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所堺支部 昭和34年(わ)412号 判決 1960年2月24日

被告人 阿部信夫

昭一四・一一・一八生 土砂運搬人夫

主文

被告人を禁錮参年に処する。

未決勾留日数中五拾日を右本刑に算入する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、昭和三三年九月から、大阪市港区八幡屋松之町二丁目二〇五番地において建築材料販売運送業を営む梶田源吉方に人夫として雇われ、梶田の運転する貨物自動車に助手として乗車し、土砂等の運搬に従事していたところ

第一、昭和三四年一二月三日、午前中から右梶田に無断で同人所有の自家用大型貨物自動車(大一す七一三一号)を運転して和歌山県へ赴き、砂利を満載して大阪市へ帰える途中、堺市内の飲食店に入つたが、被告人は運転経験に乏しく、運転技倆も未熟である上、更に運転を継続する場合は、正常な運転ができないおそれのある程度の飲酒酩酊をしてはならず、又そのような程度の飲酒酩酊をした場合、ことにそれ以上の程度の飲酒酩酊をした場合は、正常な運転は到底期待できず、交通事故を起すことは必至であるから、道路上における運転は厳にこれを避けなければならないのに、右飲食店で焼酎数合を飲み、そのためかなり酩酊し、前後不覚に近い状態(心神耗弱)となりながら、人の注意も聞かず、あえて同日午後九時頃から同九時三〇分頃までの間、堺市宿院町西一丁一番地先道路上より、後記(一)ないし(三)の事故のあつた場所を経て松原市芝町附近道路上まで、右貨物自動車を酩酊且つ法令に定められた運転の資格なく運転して無謀な操縦をしたが、その間右記載のような重大な過失により

(一)  同日午後九時過頃、堺市車之町西一丁九番地先道路を北進中、上田勝彦(昭和一六年一〇月生)が道路前方を自転車に乗つて同方向に進行しているのに気付かず、直前三米位の距離に接近して漸くこれに気付き、ハンドルを右に切つて避けようとしたが及ばず、同人の自転車に追突して同人を路上に転倒させ、よつて同人に対し加療約二週間を要する脳震盪症、後頭部挫創、背部打撲擦過傷、左下腿足関節部右母趾打撲擦過傷等の傷害を与え

(二)  右犯行に引続き、同日時頃、堺市錦之町西一丁二五番地先道路を北進中、同所に乗用車の停車を認めたので、これを避けるためハンドルを右に切つた際、附近にいた国土貞光(大正五年一二月生)に気付かず、そのまゝ同人を轢き倒し、よつて同人をして同月四日午前〇時八分堺市宿院町西二丁一番地市立堺病院において腹部、内臓損傷により死に至らしめ

(三)  右犯行に引続き、(二)冒頭記載の日時頃、堺市今池町二丁五四番地先道路を東進中、前方に大竹菊芳(大正元年八月生)が自転車に乗つて同方向に進行しているのに気付かず、直前四米位の距離に接近してはじめてこれに気付き、ハンドルを左に切つて避けようとしたが及ばず、同人の自転車に追突して同人を地上に転倒させ、更に右今池町二丁五三番地の一洋品雑貨商森口惣悟方店頭に突入して、同店にいた右森口(大正六年一二月生)に接触転倒させ、よつて大竹に対し入院加療約一ヶ月を要する左下腿挫断創を、森口に対し全治約五日を要する右上膊打撲傷、両下肢擦過創の各傷害を与え

第二、前記第一の(三)記載の日時、場所において、右記載のような事故を起したのに、被害者大竹菊芳、森口惣悟を救護する等の措置をとらずに逃走し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法律の適用)

法律に照らすと、被告人の判示第一の所為中無謀操縦(無資格運転及び酩酊運転)の点は道路交通取締法第七条第一項、第二項第二号、第三号、第二八条第一号に、各重過失傷害、重過失致死の点はいずれも刑法第二一一条後段、罰金等臨時措置法第二条、第三条に、第二の所為は道路交通取締法第二四条第一項、第二八条第一号、同法施行令第六七条第一項に各該当するところ、第一の所為中酩酊運転と(一)の重過失傷害、酩酊運転と(二)の重過失致死、酩酊運転と(三)の各重過失傷害とは、それぞれ一個の行為で数個の罪名にふれる場合であるから、刑法第五四条第一項前段、第一〇条により結局一罪として重い重過失致死罪に従つて処断することとし、所定刑中禁錮刑を選択し、第一の無資格運転と第二の各罪については所定刑中各懲役刑を選択し、且つ右は心神耗弱中の行為であるから、同法第三九条第二項、第六八条第三号により何れも法定の減軽をなし、(なおついでながら、重過失致死について心神耗弱の減軽をしないのは、その過失の内容が前段認定のように、飲酒抑制避止の注意義務、飲酒酩酊した際の運転避止の注意義務を怠つて、あえて多量に飲酒し酩酊の上自動車を運転した結果、本件各事故を起したものであるから、飲酒前の精神状態が平常である限り、事故の際心神耗弱の状態であつても、そのような精神状態は責任能力の問題として考慮する余地がないからである)重過失致死と無資格運転、第二の各罪は、同法第四五条前段の併合罪であるから、同法第四七条但書、本文、第一〇条により、重い重過失致死罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内において被告人を禁錮参年に処することとし、同法第二一条により未決勾留日数中五拾日を右本刑に算入し、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させないこととする。

(検察官の主張に対する判断)

検察官は本件全事実は併合罪を構成すると主張する。

しかしながら、本件事案は、前記(犯罪事実)において認定したように、被告人は運転経験に乏しく、運転技術も未熟である上、飲酒によりかなり酩酊し、そのため前後不覚に近い状態となり、このため道路上の自動車運転は厳に避けなければならないのに、あえてそのまゝの酩酊状態で運転したと言うことが過失の全内容となつており、そのような重大な過失により同一酩酊運転中に次々と第一の(一)ないし(三)の様な事故を起したのであるから全体的に一個の所為である酩酊運転と数個の各重過失傷害、同致死とは、その間にそれぞれ想像的競合の関係があるものと認められ、そのような場合においては刑法第五四条一項前段、第一〇条を適用して結局一罪としてその最も重き刑(本件の場合重過失致死)に従つて処断すべきものと解する(最高裁判所第一小法廷昭和三三年四月一〇日決定。刑集一二巻五号八七七頁、東京高等裁判所昭和三〇年一一月九日判決。裁判特報二巻二二号一一六〇頁等参照)。尤も本件第一の(一)ないし(三)の各所為の間にはいずれも時間的に二、三分、距離的にも数百米のへだたりがあるから、本件第一の(三)の各重過失傷害だけの事実と同一事案に対するものと思われる右最高裁判所第一小法廷の決定や東京高等裁判所の判決は、本件に適切でないとも考えられないではないが、右最高裁判所第一小法廷の決定(東京高裁判決も同様)の対象となつた事案も時間的距離的には接着しているものの、同一過失の結果先ず甲某の乗つている自転車に追突して同人を路上に転倒させて傷害を与え、次いで乙某の乗つている自転車に追突して同人を路上に転落させて即死させたと言うのであつて、時間的にも前後があり、距離的にもへだたりがあり、本件とは、いわば程度の差に過ぎず、法律的観察においては同一と言わなければならない。なお、最高裁判所第二小法廷昭和三三年三月一七日決定(刑集一二巻四号五八一頁)は、「飲酒して酔余正常な運転ができない虞があり、且つ法定の運転資格を持たないに拘らず……自動車を運転し」、その際業務上過失傷害したと言う事件について、無謀操縦と業務上過失傷害とは別個独立の犯罪であつて、右両者の間には牽連関係ないし一所為数法の関係は存しないと判断したが、右事件の業務上過失傷害の事案は、単に追越しをする際の注意義務違反が問われたもので、酩酊とは何等の関係がないから、右決定は本件に適切でない。)。これに反し、右重過失致死と無資格運転、救護義務違反は別個独立の犯罪で併合罪の関係に立つこと言うまでもない。

そのようにみてくると、本件所為の処断刑は、刑法第四七条本文、第一〇条により重い重過失致死罪の法定刑にその半数を加えた禁錮四年六月が長期となる筈のところ、この場合各罪の法定刑、処断刑の長期を合算した刑期は三年三月(判示第二の救護義務違反は一個の罪とみる)であるから、同法第四七条但書の制限により三年三月の刑期範囲内で量刑されることとなる。よつて前段(法律の適用)において示したように法令の適用をして処断刑を割り出した。

(量刑の情状について)

本件の情状について考えるのに、前記(犯罪事実)において認定したように、被告人は形式的に運転資格なく、且つ実質的にも運転経験に乏しく運転技倆は未熟であつて、それだけでも厳に運転をつゝしまなければならないのに、更にその上雇主に無断で自動車を持ち出して運転し、自から求めて多量に飲酒して相当酩酊し、人の注意も聞かず、そのまゝ運転したため、堺市内数ヶ所において次々と事故を起し、一人を死亡させ、一人を片足挫断の余儀なきに至り、他の二人にも全治二〇日ないし五日の傷害を負わせており、又証拠によれば、右の他に自動車に衝突して多大の損害を与え、店舖を破壊し、安全地帯の鉄柵等を破損する等物的損害も著るしいものがあり、更に本件の最後の事故にあつては、事故発生を知りながら、自己の責任をのがれるため、被害者の救護措置もとらず逃走したものであり、被害の弁償ももとより充分ではないから、被告人には前科がなく、仕事も真面目であつたことその他証拠にあらわれた被告人に有利な点を考慮に入れるも、その犯情はまことに重大であると言わねばならない。そこで被告人に対し禁錮参年を以つて量刑した。

(裁判官 上田次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例